片麻痺があり高次脳機能障害で車椅子の夫の面倒をみながら、自転車で10分の場所に住む母のことも気にかけなくてはなりません。
実は夫よりも、母の方が手がかかるのです。
プロフィールにも書いた通り、母は多発性骨髄腫という血液の癌闘病中ですが、元々は人の手を借りることもなく1人で病院へ行き診察を受け、食事も自分で購入したり、近所に食べに行ったり、大したものではないけれど自分で作ってみたりと特に手がかかることはありませんでした。普通に一人暮らしをしている普通のおばさんだったんです。

多発性骨髄腫の数値が少し悪くなってきたと聞かされ、それからは一緒に病院にいくようになり、上がったiggの数値を下げるための治療を開始することになったんです。
母は当時60代。まだ色々な治療が出来る年齢で最初に試した治療はベルケイドという、当時の多発性骨髄腫の標準治療でした。
かなりの早期発見でしたので、今回初めて多発性骨髄腫の治療開始になるまで数年は経過観察とゾメタのみでした。
ビスホスホネート剤のひとつゾメタは、2006年4月に多発性骨髄腫の骨病変の治療薬として日本で初めて認可されました。 ゾメタを投与することによって、骨病変の進行を遅らせたり、症状を軽減させたりする効果が明らかになっています。 点滴で15分以上かけて3~4週間間隔で投与する薬です。
MGUSという状態で、多発性骨髄腫の患者さんや家族ならわかると思いますが、骨髄腫ではあるけど、腫瘍細胞の量も少なく治療開始に至らない経過観察の状態をいいます。
骨髄腫の治療は、数値が上がってきてから開始するので上がるまでは癌であるのに特に出来ることはないのです。
今回のベルケイドですが問題なく治療をしていたと思ったら、ある時高熱が出てインフルエンザになったかもしれないと母から連絡がありました。
えーーー!治療中問題が起きたら病院に連絡することになっていた為連絡し、タクシーで病院へ行くことに!母宅に行くと様子がおかしく呂律も回ってない。救急車も考えましたが立てるし歩けそうだったのでタクシーで。

なんだか様子がいつもと違うのですが、おかしいのは熱のせいと思っていました。
病院に着いてからも歩けないということはなく、足腰は普通ですが、落ち着いて一つの場所にとどまっていることが出来ずにうろうろ・・・「トイレに行きたい」というのでトイレに連れて行くも男性のトイレに入ってしまう。
女性用トイレに誘導し戻ってくるも変なことばかり言うようになる。
行動だけではなくいよいよ言語もおかしくなってきて、「もう夜中の2時なの?」と何回もわたしに聞いてくるのですが、実際は夕方で「今は夜中ではなくて夕方だよ」と同じ内容の話を繰り返す。
いつもと違う様子にすごく不安になる。
どんどんいつもと違う状況が加速。椅子に座っていることも出来ない。
目がキョロキョロしている。

いつもの主治医ではなく、熱があるということで受診しているので臨時の若い先生でした。
なんとここへ来て判明するのですが、高熱があると自己申告していたのに熱は大したことがなかったのです!わたしも落ち着いて母を信じずもう一度熱を計ろうと言えばよかったのですが、焦りといつもと違う様子からすぐにタクシーで病院へ連れて来てしまったのです!
先生に普段と様子が違うことを伝えるも、母との会話はこの時は噛み合っていてあまりこの危なさは伝わらず「主治医の先生には伝えておきますね」と言われ、腰の痛みがあることを本人が伝えたので痛み止めと抗炎症剤をもらって帰宅。
薬を待っている間もおかしなことを繰り返し急にこんなことになってしまい、どうしたらいいかわからずでしたがとりあえず自宅に帰ります。またタクシーに乗ります。

帰りのタクシーでもわたしが行き先を伝えても、遮って運転手さんに地元の別の病院を指示してしてしまうんです。
ぱっと見は普通なので運転手さんも混乱して大変です。
この時点で介護認定も受けておらず、もちろんケアマネもいないのでとりあえず家に送り落ち着いたところでわたしは夫の介護をしているので、不安ですが帰ります。
何度か連絡し安否を確認。とりあえず大丈夫そうでした。
数日後のある日に事件が起こります。
今後事件だらけなので少しづつ記録していけたらと思います。
同じようにすでに介護をしている方や、自分の家族の異変に気づき認知症かも?と思ったり不安な方、少しでもこのブログが役にたてばと思います。


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